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長野地方裁判所 昭和40年(ワ)177号 判決

原告 大津一郎

右訴訟代理人弁護士 富森啓児

被告 長野電鉄株式会社

右代表者代表取締役 笠原忠夫

右訴訟代理人弁護士 宮沢増三郎

同 矢野範二

同 倉地康孝

同 高橋茂

同 坂本政三

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、被告会社が肩書地に本店をおき、地方鉄道事業、自動車運送業、旅館等の観光事業、索道事業等を営み、従業員約二〇〇〇名を擁する株式会社であり、原告が昭和三三年三月七日被告会社に自動車運転士として雇傭され、昭和三四年四月一日以降被告会社自動車部営業課××営業区に所属して、バスの運転士として勤務していたことおよび被告会社が昭和四〇年六月二七日、原告に対し同年五月三一日をもって職員を免ずるとの退職辞令(解雇の意思表示)を送付したことは、当事者間に争いがない。

二、原告は、右解雇の原因となった事実の存在を争い、かつ右解雇が権利の濫用であると抗争するので、まず、右退職辞令が送付されるまでの経緯について検討する。

1  原告の非行

原告が昭和四〇年当時三五才で、妻(二八才)、長女(七才)、長男(二才)の家族を有する身でありながら、昭和三九年一月から原告の勤務する××営業区に助勤して原告の運転するバスに同乗勤務することがあった車掌大山花子当時(一八才)と情交関係を結んだことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると、(イ)原告は、花子が同乗勤務を始めて旬日を出でずして同女を食事に誘ったうえ情交し、以来同年九月上旬に同女の帰宅の途中に誘って野外で情交するまでの間しばしば情交関係を重ねていたこと、同女は昭和四〇年三月二日姙娠約六か月で姙娠中絶手術をうけ、これがため同月一八日被告会社を任意退職するに至ったこと、(ロ)原告は、同月三日同女の父大山政一から責任をとれと難詰されて、情交関係は認めながらも姙娠させたことを否定したのであるが、その話合の最終段階において政一から三〇万円の解決金を要求されるに至ったこと、翌三月四日原告は政一方に見舞金一万円と菓子折を持参して謝罪し、併せて被告会社に対する嘆願書の作成を依頼したこと、同月四日同営業区長高橋栄治が助役二名立会のもとに原告から事情を聴取した際および同月五日被告会社本店において宮崎人事課長と青木営業課長が高橋区長立会のもとに原告から事情を聴取した際にも、原告は、自分が姙娠させたことはないとはいいながらも涙を流して不始末を詫び穏便な処分を願い、次いで同月七日には原告は笠井人事部長を私宅に訪問して大山の嘆願書を差出し、涙を流して不始末を詫びたこと、さらに、原告が当時所属していた組合が独自に事実関係を調査した際にも、原告が花子を姙娠させたのではないという結論がでなかったこと、が認められ、反面、(ハ)花子が、当時他の男性と情交関係があったことを認めさせる明らかな証拠がない。≪証拠判断省略≫

右認定の事実に徴すれば、原告と花子との情交は、花子の自由な合意によるのではなく、年輩の運転士から新参の車掌という弱い立場につけこまれた強いられた関係というべきであり、また花子の妊娠は原告との情交関係によって生じたものと認めるのが相当である。

なお、証人大山政一、同大山花子を除くその余の前掲各証人の証言によれば、原告は花子のほか、被告会社の車掌三名を含む数人の女性とも情交関係があるとの風評が同営業区にひろまっており、本件が問題になる前にその助役などもこれを聞知していたことが認められる。

2  解雇処分決定までの経過

右各証拠によれば、被告会社の人事担当者らは、高橋区長から報告をうけて、直ちに原告に下車勤務(運転業務からはずして雑役をさせること)を命じ、なお詳細な調査を遂げ、その結果前項認定の事実の存在を確信するに至り、これを重視して三月下旬に原告を就業規則九七条四号に則り懲戒解雇すべきことを決定し、同年五月一三日協約二〇条および人事委員会規程に定めるところにより、人事委員会を開催し、原告の懲戒解雇の件について諮問したこと。右人事委員会は、会社側七名、組合側七名(執行委員長、副委員長、書記長を含む。)によって構成され、従業員の採用、転勤、解雇、表彰、懲戒等について会社の諮問に応じているものであること、同日の会合においては、まず会社の人事担当者から原告の非行として前項記載のような事実を説明したうえ懲戒解雇処分とすべきことを提案し、協議の結果、職場の風紀、秩序維持のため原告を解雇することはやむをえないとの結論に達したが、組合側から原告の再就職およびその家族の将来を考えて懲戒解雇処分を避けて通常解雇処分とすべきことの意見が出され、結局同年五月末日までに退職願が提出されないときは同日をもって通常解雇処分にすることが決議されたこと、被告は、右決議に沿って原告に対する処分を決定し、同月一四日高橋区長を通じて原告に対し右決定を通告し、退職願の提出を勧告したが、原告は遂に同月末日までに退職願を提出しなかった(原告が右通告をうけたことおよび退職願を提出しなかったことは当事者間に争いがない。)ことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三、そこで、本件解雇の効力について判断する。

被告は、原告を解雇処分に付した根拠として、(イ)就業規則九七条四号および協約二八条一号、(ロ)協約二八条五号、(ハ)協約二八条八号を挙げているので、右協約二八条五号に該当するかどうかについて判断する。

1  まず≪証拠省略≫によれば、協約二八条五号の規定は、「会社は次の各号の一に該当する場合の外従業員を解雇しない。五、破廉恥罪を犯し、又は著しく風紀・秩序を乱して会社の体面を汚し、損害を与えたとき。」であることが認められる。

2  ≪証拠省略≫によれば、被告会社は従業員約二〇〇〇名のうち女子従業員三〇〇名を擁し、右女子のうち約二三〇名が車掌であり、また、××営業区においては、従業員一五〇名のうち運転士七〇名、車掌七〇名で、右車掌のうち六〇名が女子で占められており、運転士の平均年令三三才、勤務年数約八年に対し、女子車掌はその約九〇が中学卒で平均年令一九才、勤続年数三年弱となっていること、運転士と車掌は二人だけで同一バス内において長時間勤務を共にし、また、長距離区間の定期バスや観光バスに乗務する場合には、勤務の途中で宿泊を共にせざるをえない特殊な職場環境におかれているため、男女間の風紀問題が発生し易い機縁が多く、運転士と車掌間に不純な関係が生じたときは、事故や不正行為発生の原因となることもあり、乗務計画にも差支を生ずるばかりでなく職場の規律を弛緩せしめるおそれがあるため、被告会社は平素従業員を戒め、特に運転士に与える服務必携にも、職場規律の一項目として「職場内の異性との交際については、特に慎まなければならない。」と摘示してその注意を喚起し、また、宿泊も別の個所に設ける等の配慮をしていることが認められる。

右のような状況のもとにおいて、原告が前記認定のような非行を敢てしたことは、前記条項にいう著しく風紀・秩序を乱したものというべきこと明らかである。

3  次に、右各証言によれば、原告の本件非行のうわさは単に職場内に止まらず××市を中心とする地域に広まり、被告会社の女子従業員等に不安の念を抱かせたばかりでなく、卒業生を被告会社に就職させている地元学校の関係職員に被告会社従業員の風紀に対する不信感を与え、現に地元学校からの就職希望者が減少する結果となったり、貸切バスの運転士や車掌が乗客から本件非行にかこつけて揶愉されたりしたことがあったこと、本件の問題を契機にして車掌の一員である花子を退職の余儀なきに至らしめ、被告会社はその補充に他の車掌に超過勤務あるいは休日出勤をさせ、そのための手当を支給せざるをえなかったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定の事実によれば、原告は、本件非行によって被告会社の体面を汚し、かつ、損害を与えたものであることが明らかであるというべきである。

4  そうとすれば、原告の本件非行は協約二八条五号に該当し、これに対し被告会社のなした通常解雇処分は有効であるというべきである。

四、なお、原告は、本件解雇は解雇権の濫用で無効であると抗弁するが、原告本人尋問の結果に徴しても、原告が自己の非行につき深く反省をしている状況は全くうかがえず、また人命救助作業にあたったとい事実も本件非行に対する処分を軽減するに相当な行動とは認められない。その他原告の主張するところは、顧みて他を言うの譏りを免れないのであるが、≪証拠省略≫によれば、被告会社においては、本件のように姙娠までさせた例は過去になく、また運転士が車掌と不純な情交関係を結んでいたことが露見した例は数件あったが、いずれも会社の勧告に従って自発的に退職していることが認められ、これらの件と比較して本件において被告会社のとった措置が著しく権衡を失するとは到底認められない。

五、叙上判示のところからして、原告と被告との間の雇傭関係は、解雇によって消滅しているから、原告の本訴請求はいずれも理由なきものとして棄却すべく、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西山俊彦 裁判官 落合威 松山恒昭)

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